社畜の唄
いつもならキーボードのカタカタという音と、過多定時(すぎたさだとき)のバカでかい挨拶が響く朝のオフィス。しかし今は奇妙な静寂が隅々まで広がっていた。なぜなら、出社していた—有給(うきゅう)、残業(ざんごう)、過多(すぎた)、未(いまだ)、横領(よこえり)、給与(たまよ)、派遣(はづかい)—の7人の視線が、部屋の中央に力なく垂れ下がったある人物に釘付けだったからだ。
「ヒャッハッハ!ざまあみろ!これでやっと解放だ!」
口火を切ったのは、いつも穏やかな残業だった。彼の笑い声に誘われるように、他の面々も堰を切ったように歓喜の声を上げる。首を吊った社長の亡骸を見て悲しむ者は居ない。彼らにあるのは安堵と、長年の怨嗟からの解放感だけだった。
しかし、その高揚感は派遣の冷徹な一言で冷水を浴びせられる。「皆さん、落ち着いて。これは自殺です。社長は生命保険に加入していますが、半年ほどまえに入ったばかりです。結論から言えば、保険金は出ません。現時点で当社には現金がありませんので銀行と融資の話を進めていましたが、これで白紙に戻るでしょう。破産手続きも代表が居なくなったいま、相当時間がかかると思います。つまり、社長が本当に自殺したなら、私たち今月の給料どころか破産手続きが完了するまで一銭も受け取ることができません。」
歓声は止み、室内の空気は一瞬で凍り付いた。「それじゃあ…せっかく死んだのに無駄死にってことか!?」過多がつぶやくと、派遣は「まあ、これが他殺なら問題なく保険金が……」と言って視線を垂れさがる亡骸に向ける。
これはなんとかして「他殺の証拠」を掴んで、真犯人に出てきてもらわなくてはならない。
彼ら7人は、未払いの給料を得るために、真犯人がこの中に居ると自らに言い聞かせつつ、犯人捜しを始めるのだった。